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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)3296号 判決

原告

辻口哲男

被告

広安健一こと安鐘朱

主文

一  別紙目録記載の交通事故による原告の被告に対する損害賠償債務は金三五万円及びこれに対する平成元年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。

二  被告は、原告に対し、金七九万三八六七円及び内金二九万三八六九円に対する平成元年七月一三日から、内金五〇万円に対する平成二年四月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

五  この判決二項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた判決

一  請求の趣旨

1  別紙交通事故による原告の被告に対する損害賠償債務は存在しないことを確認する。

2  被告は、原告に対し、金一五六万六二三〇円及び内金一〇六万六二三〇円に対する平成元年七月一三日から、内金五〇万円に対する同年七月二一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(債務不存在確認請求―第一請求)

一  請求原因

1  別紙記載の交通事故(本件事故)が発生した。

2  被告は、本件事故につき、原告に損害賠償義務があると主張している。

3  よつて、原告は、被告に対し、右債務の存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は争う。

3  同3は争う。

三  抗弁

1  本件事故の発生原因及び責任

原告は、飲酒して注意力散漫な状態で、しかも時速約八〇キロメートルの高速度で走行していたため、停止中の被告車に直前になつて気付き、慌てて急ブレーキをかけたが、降雨により路面が濡れていたためスリツプして追突するに至つたものであるから、本件事故は原告の全面的過失により発生したものである。したがつて、原告は、被告に対し、民法七〇九条により、被告が本件事故により被つた損害を賠償する義務がある。

2  損害

被告車は全損扱いとなり、その損害額は三六万五〇〇〇円であるが、その他に新車に買い替えるまでの代車料や、自動車取得税・自動車重量税等の登録諸費用一〇万円を加えると、被告の損害額は五〇万円を下らない。

3  示談の成立

原、被告間に、本件事故に関し、平成元年七月二一日、被告の本件事故による車両損害につき原告が被告に対し五〇万円を支払うこと、その他に原、被告双方とも互いに一切の請求をしないことを内容とする示談(本件示談)が成立し、同日右示談に基づき原告が被告に対し五〇万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2の事実のうち、被告車が全損扱いとなり、その損害額が三六万五〇〇〇円であること、被告が新車に買い替えてその登録諸費用に一〇万円を要したことは認めるが、その余は知らない。

3  同3の事実は認める

五  再抗弁

1  仮に本件事故の発生につき原告に過失があるとしても、被告も本件道路上において対向車線上へ方向転回をするに当たり、前方の対向車線上の安全を確認することなく、原告車の直前を急に方向転回して原告車の進路上に被告車を停止させたため、原告車が追突するに至つたものであるから、本件事故の発生については、被告にも過失がある。

2  本件示談は、事故直後の放心状態にある原告に対し、被告が大声で怒鳴りつけ、顔面を殴打し、あるいは自分の住んでいるマンシヨンに山口組系の暴力団もいるから変なことを言うとただではおかないなどとすごんで気勢を示し、原告を脅かして畏怖させたため、原告は被告の一方的要求に応じたものであるから、原告は、被告に対し、平成二年四月二〇日の本件口頭弁論期日において、右応諾の意思表示を強迫を理由に取り消す旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は争う。

2  同2の事実は、原告主張の取消しの意思表示があつたことは認めるが、その余は否認する。

(損害賠償請求―第二請求)

一  請求原因

1  本件事故が発生した。

2  本件事故は、第一請求の再抗弁1記載のような被告の過失により発生したものであるから、被告は、原告に対し、民法七〇九条により、原告が本件事故により被つた損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 原告車の修理費 八九万六二三〇円

(二) 弁護士費用 一七万円

4  よつて、原告は、被告に対し、一〇六万六二三〇円及びこれに対する本件事故当日の平成元年七月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  同4は争う。

三  抗弁

1  仮に本件事故の発生につき被告に過失があるとしても、原告にも第一請求の抗弁1記載のような過失がある。

2  第一請求の抗弁3記載のとおり、原、被告間に、本件事故に関し、本件示談が成立した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

五  再抗弁

第一請求の再抗弁2記載のとおり、原告は、本件示談を強迫を理由に取り消した。

六  再抗弁に対する認否

原告主張の取消しの意思表示があつたことは認めるが、その余は否認する。

(不当利得返還請求―第三請求)

一  請求原因

1  本件事故が発生した。

2  第一請求の抗弁3記載のとおり、原、被告間に、本件事故に関し、本件示談が成立し、原告は、被告に対し、平成元年七月二一日、右示談金五〇万円を支払つた。

3  第一請求の再抗弁2記載のとおり、原告は、本件示談を強迫を理由に取り消した。

4  よつて、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、右五〇万円及びこれに対する平成元年七月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は、原告主張の取消しの意思表示があつたことは認めるが、その余は否認する。

4  同4は争う。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  第一請求について

1  請求原因1の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

2  抗弁1の事実(本件事故の発生原因及び責任)について判断する。

(一)  甲一、甲四、甲五の一、甲六、甲一〇(成立については弁論の全趣旨)、原告本人及び被告本人(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができ、乙二及び被告本人中この認定に反する部分は措信しない。

(1) 本件事故現場の状況は、別紙図面記載のとおりである。

本件道路はアスフアルト舗装道路で、最高速度が時速四〇キロメートルに制限されている。

原、被告双方からの前方の見通しは良好であるが、夜間は暗い。

(2) 被告は、別紙図面記載のとおり、本件事故現場の北側に所在する喫茶店アイリンの駐車場前付近の西向車線上で被告車を一時停止させた後、対向車線上へ方向転回しようとして、西前方を見たところ、対向車線上を走行して来る原告車のヘツドライトを認めたが、同車が接近するより前に方向転回することができると考え、ウインカーを出して被告車を方向転回させて右喫茶店前の東向車線上に至つて停止させたところ、右図面〈×〉地点で走行してきた原告車に追突された。

(3) 原告は、原告車を運転して東向車線上を時速七〇キロメートルを下らない速度で走行し、本件事故現場付近にさしかかつた際、右前方約七〇メートルの地点に被告車を認め、同車が方向転回するかもしれないと思つたが、そのままの速度で走行したところ、被告車との距離が約五〇メートルに迫つたとき同車が方向転回し始めたので、パツシングをして急ブレーキをかけながらハンドルを右へ切つたが間に合わず、前記〈×〉地点で被告車に追突した。

(二)  被告は、対向車線へ方向転回しようとしたのであるが、このような場合、車両の運転者は、対向車線上の交通の安全を確認してから方向転回を開始すべき注意義務があるところ、被告は、これを怠り、前示のように、原告車の接近を認めながら、これより先に方向転回し終えて、原告車を通過させることができるものと速断したため、本件事故を発生させたものであるから、被告には過失があるというべきである。

他方、車両の運転者は、制度速度を遵守するは勿論、進路上へ進入してくる車両を認めたときは、適宜減速するなどして衝突を回避すべき注意義務があるところ、原告は、これを怠り、前示のとおり、制限速度をはるかに超る高速度で走行し、被告車の方向転回を予見しながらもしばらくは同速度で原告車を走行させたため、本件事故に至つたのであるから、原告にも過失があるといわなければならない。

(三)  そうすると、原告は、被告に対し、民法七〇九条により、被告が本件事故により被つた損害を賠償する義務がある。

3  抗弁2の事実(損害)について判断するに、被告車が全損扱いとなり、その損害額が三六五万五〇〇〇円であることは当事者間に争いがなく、その他の費用として、新車の買替えまでに約一週間を要したことが窺える(原告本人)から、その間の代車料を一日当たり五〇〇〇円と認めると計三万五〇〇〇円となること、及び自動車取得税・自動車重量税等の登録諸費用約一〇万円(当事者間に争いがない。)を勘案すると、被告は、本件事故により、合計五〇万円を下らない損害を被つたことが認められる。

4  抗弁3の事実(本件示談の成立)については当事者間に争いがないので、強迫による取消しの再抗弁について判断するに、乙一、原告本人及び被告本人(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、本件示談が成立するに至つた経緯として、次のような事実を認めることができる。すなわち、〈1〉本件事故直後、被告は、事故を起こして放心状態にある原告が車外に出たところを右手でその胸倉を掴んで二、三度前後に揺さぶり、大声で怒鳴りつけたうえ、左顔面を右手の拳骨で一回殴打し、暴力団関係者を知つているような口振りを示したこと、〈2〉被告の言動に畏怖を覚えた原告は、一週間位前の同月七日に高速道路でスピード違反をしていたことも手伝い、本件事故を示談で解決したいという気持に駆られ事故現場から一〇分位の場所にある原告の勤務する会社へ行つて話し合うことにしたこと、〈3〉同会社において、原告は同僚の関谷賢一を、被告は兄をそれぞれ呼んで四人で話し合つたが被告の方から五〇万円の金額が提示され、その根拠は明らかではなかつたが、原告はこの金額に応ずることとし、車両損害として五〇万円を支払うこと、人身被害については医師の診察を受け必要な治療費等は一切責任を負うこと、を内容としたメモを被告に交付したこと、〈4〉その後、同月二一日、原、被告間に、原告は被告に対し車両損害として五〇万円を支払うほか、互いに何らの請求をしない旨の示談書(乙一)が作成され、これに基づき原告から被告に対し五〇万円が支払われたこと、以上のような事実が認められ、被告本人中この認定に反する部分は措信しない。

右事実によれば、原告が本件示談に応じたのは、被告の言動により畏怖・困惑を覚えさせられ、事故の原因及び双方の責任割合等について納得の行く話し合いのないまま、被告の言う金額を応諾して示談するに至つたものであることが認められるので、本件示談は原告の畏怖・困惑に乗じたものとして強迫によるものと認めざるえない。したがつて、本件示談を取り消したとの原告の主張は理由がある(原告が被告に対し平成二年四月二〇日の本件口頭弁論期日において右応諾の意思表示を強迫を理由に取り消す旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。)。

5  過失相殺

そこで、前記認定の如く、本件事故の発生については双方に過失があるところ、この過失を対比すると、その割合は原告が七割、被告が三割と認めるのが相当であるから、被告の前記損害額五〇万円から三割を減額すると、原告が被告に対し賠償すべき損害額は三五万円となる。

6  結論

以上によれば、原告の第一請求は、三五万円及びこれに対する本件事故当日である平成元年七月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を超えて損害賠償債務の存在しないことの確認を求める限度で理由がある。

二  第二請求について

1  請求原因1の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

2  同2の事実(責任原因)については、本件事故の発生について被告に過失があることは第一請求についての2に認定したとおりであるから、被告は、原告に対し、民法七〇九条により、原告が本件事故により被つた損害を賠償する義務がある。

3  同3の事実(損害)について

甲二によれば、原告は原告車の修理費として八九万六二三〇円を要したことが認められる。

4  本件示談に関する抗弁及び再抗弁について

本件示談の成立及びその強迫による取消しについての判断は、第一請求についての4に説示したとおりである。

5  過失相殺の抗弁

本件事故の発生については原告にも過失があること及びその過失割合についての判断は、第一請求についての2及び5に説示したとおりであるから、原告の前記損害額八九万六二三〇円から七割を減額すると、被告が原告に対し賠償すべき損害額は二六万八八六九円となる。

6  弁護士費用

原告が被告に対し本件事故と相当因果関係がある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、本件事故時の原価に引き直して二万五〇〇〇円と認めるのが相当である。

7  結論

以上によれば、原告の第二請求は、二九万三八六九円及びこれに対する本件事故当日である平成元年七月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

三  第三請求について

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  同2の事実は当事者間に争いがない。

3  同3の事実については、第一請求の4に説示したとおりである。

4  以上によれば、原告の第三請求は、五〇万円及びこれに対する被告が悪意の受益者になつたと認むべき平成二年四月二〇日(本件示談の取消日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める限度で理由がある。

四  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺本榮一)

別紙

1 日時 平成元年七月一三日午前一時一〇分ころ

2 場所 一宮市千秋町佐野字工高前四〇番地先路上(別紙図面参照)

3 原告車 原告運転の普通乗用車(尾張小牧五七の七五八八)

4 被告車 被告運転の軽四輪貨物自動車(尾張小牧四〇さ七六〇〇)

5 態様 前記路上において原告車の前部が被告車の右後部に追突した。

図面

〈省略〉

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